ゼラチンのBSE安全性について
( 2002/06/24ゼラチンのBSE安全性に関する研究報告会 要旨 )
東京大学名誉教授 山内一也 監修
日 本 ゼ ラ チ ン 工 業 組 合
2002年 7月 22日
日本で製造販売されているゼラチンは、乳と並んで最も安全なウシ由来製品の一つです。
ゼラチンはBSE(牛海綿状脳症)がフリーの安全な原料から製造されており、またゼラチンの製造工程にはBSEの感染性を著しく低減させるいわゆる不活化の能力があって安全性を確実に出来るからです。この不活化に関する最新の研究報告会が2002年6月24日東京で開催されました。この研究報告の概略をご報告し、ゼラチンのBSE安全性をあらためてお知らせ申し上げます。
ゼラチン原料である骨および皮は、世界保健機関(WHO)が1997年3月に発表した専門家会議(1)のなかで、BSEの感染性が検出されない部位に指定されています。
日本ゼラチン工業組合は、日本でのBSE発生確認以前から、原料サプライヤーとの緊密な連携のもと、原料原産国の明確化、BSEリスク部位の排除、汚染防止など、ゼラチン製造に適した安全な原料の確保に努めてまいりました。私どもが用いるウシ由来ゼラチン原料は、厚生労働省医薬局の通知、医薬発第1069号(平成13年10月2日)、食発第294号(平成13年10月5日)ともに適合しております。
このように、ゼラチンは、原産地が明確で、健康なと畜由来の骨、皮から製造されており、基本的にBSEの危険性のないウシ由来製品であるといえます。
これに加えて、ゼラチンが、様々な精製工程を経て製造された高純度のタンパク質であることも、BSEに対する安全性を保証しています。ゼラチンは、骨、皮を、酸もしくはアルカリで前処理したのち、原料中のコラーゲンを温水によって、加熱変性し、抽出したもので、さらに、ろ過、イオン交換を施し、高温殺菌して製品化されています。これら伝統的に行なわれてきた原料処理やゼラチン精製工程で施される化学的処理や物理的処理、加熱処理には、BSEの感染リスクを著しく低減する効果(不活化効果)があり、万一、交差汚染によって原料中にBSE伝播物質が存在したとしても、最終製品には感染性は残らないといわれてきました。
これらのことを実証するために、欧州ゼラチン工業組合(GME)は、1994年に公表した標準的なゼラチン製造条件(2)について、過去10年にわたり、様々なバリデーション(確認)の研究を行なってきました。
初期の研究は、英国エジンバラのインバレスク研究所(Inveresk Research Instutute)で実施されました。その研究成果は、EU科学運営委員会(SSC)の意見書「ゼラチンの安全性」(3),(4)でレビューされ、原料処理の不活化に関する貴重な情報として評価されましたが、モデル系での検討であり、実際のゼラチン製造工程を模したものではありませんでした。また、用いられたTSE感染物質の適切性についても問題提起がなされていました。そのため、GMEは、SSCの助言を受け、実際のゼラチン製造工程にもとづいた小規模の模擬実験による研究を新たに計画し、英国、オランダ、米国の独立した研究機関にバリデーション研究を委託し、実施しました。この研究成果が2001年末に出そろい、同年12月に、ベルギーのブリュッセルで開催されたワークショップ(Gelatin Process Study Workshop)(5)で発表されました。
GMEによる最新の研究報告を、日本のゼラチン関係者の皆様にも、よりわかり易く提供し、ゼラチンのBSE安全性への理解を深めていただくために、日本ゼラチン工業組合主催による「ゼラチンのBSE安全性に関する研究報告会」が、2002年6月24日、東京国際フォーラムで開催されました。東京大学名誉教授山内一也先生を座長にお迎えし、EUのSSC副委員長 A. オスターハウス教授(エラスムス大学ウイルス学)、ならびに欧州ゼラチン工業組合代表 M.スコンチェス博士より、GME研究報告の講演を、次いで、パネルディスカッションには、(独)農業技術研究機構安全性研究部長の三浦克洋先生にもご参加いただき、解説・討論を行なっていただきました(6)。
その発表の骨子は、以下の通りです。
A.出発原料
牛の骨、皮にはBSE感染性は検出されません。ゼラチンのBSEリスクとして問題になるのは、脳などの高感染性組織が原料としての骨に汚染を起こす可能性です。皮ではこのような交差汚染は考えられません。そこで、交差汚染の状況を作り出すために、TSE感染物質としてハムスター継代の263K株(スクレイピー)もしくはマウス継代の301V株(BSE)を牛骨に添加(スパイク)し、現実に起こり得るよりも1000倍高いレベルに汚染させたものを出発原料としました。これらの株は、インバレスク研究で用いられた株よりも、感染性、耐熱性ともに高いものです。
B.ゼラチン製造
この骨原料を、ベンチスケールのゼラチン製造モデルを用い、脱脂、脱灰処理(pH1.5以下、2日間)ののち、伝統的な酸(pH3、一晩)またはアルカリ(過飽和石灰、20日)による原料処理を行ない、ゼラチンを製造しました。抽出ゼラチンは、さらにろ過、イオン交換、殺菌工程(138℃、4秒)を経て、最終製品まで仕上げました(英国エジンバラの家畜衛生研究所担当)。これら一連のゼラチン製造実験とは別に、ゼラチン溶液に301V、263Kをスパイクしたサンプルを、ろ過、イオン交換、殺菌し、液処理工程のみの不活化効果を評価する研究も実施されました(米国ボルチモア研究・教育財団担当)。
これらの条件は、伝統的なゼラチン製造条件で、かつGME各社に共通な最低限のものが採用されています。すなわち、日本ゼラチン工業組合各社においても、同条件以上のレベルで製造が行なわれています(7)。また、感染物質による汚染原料の調製、スケールダウン製造モデルが、実際のゼラチン製造条件と等価であるかなど、一連の実験の正当性については、別の独立機関により評価、検討がなされています。
C.感染性評価
バイオアッセイによって評価されました。TSE株の由来と同じ動物、即ち263K株のスパイクサンプルはハムスター、301V株はマウスへの脳内接種が行なわれました。これにより種のバリアおよび経口によるバリアのいずれも無い系であり、高感度の感染性の測定ができることになります。被験動物は、最長の潜伏期間以上飼育され、TSEの臨床的、組織生理学的観察が行なわれました。
D.結 果
酸処理、アルカリ処理ゼラチンのいずれも、最終製品に感染性は検出されませんでした。すなわち、ゼラチンの製造工程は、現実には起こり得ない高レベルの汚染により持ち込まれたTSE感染物質をも完全に除去/不活化しました。
各工程の除去効率は、酸もしくは石灰による原料前処理で、102.5〜104.6、ろ過・イオン交換処理で101〜101.5、熱殺菌処理では、103〜104でした。
感染性のほとんどは、原料の前処理工程で除去もしくは不活化されており、酸処理と石灰(アルカリ)処理では、後者の方がより効果が高い結果でした。酸処理においても、短期間の苛性ソーダ処理と組み合わせることで、石灰処理に匹敵する不活化効果を示す結果も得られました。ゼラチン液処理の過程では、ろ過・イオン交換処理の効果はあまり大きくなく、熱殺菌処理(UHT)に高い効果があることがわかりました。工程ごとのBSE不活化能力は、必ずしも足し算にはならないが、それぞれを累積した効果が見込めることが示されました。すなわち、ゼラチンの全製造工程は、万一の交差汚染で持ち込まれ得るBSE感染価、最大105レベルを検出限界以下まで除去しうる能力を有していると言えます。
WHOは、1996年4月にFAOとOIEの協力の下に作成したレポート(8)のなかで、BSE感染性を不活性化する処理を経て製造されたゼラチンは、乳と同様に安全であると結論づけました。GMEによる最新のバリデーション研究成果は、WHOレポートを初めとして、従来言われてきたゼラチン製造工程の不活化能力を改めて実証したものであり、また厚生労働省が求めるBSEの不活化方法(アルカリ処理、高温殺菌)の有効性をも確認するものと考えられます。
日本ゼラチン工業組合加盟各社が製造する牛骨および牛皮ゼラチンは、GME条件と同等の製造プロセスを経て製造されており、上記で検証されたBSEに対する安全性が十分確保できております。安全性が確保された原料を使用し、製造条件を厳格に遵守して製造されたゼラチンは、最も安全なウシ由来製品であり、今後も安心してお使いいただけるものと確信しております。
以上
【用語の解説】
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TSE感染物質 |
一般的に、スクレイピーやBSEなどTSE(伝達性海綿状脳症)に罹患した動物の脳をすりつぶした乳剤様物質。これが不活化研究などに用いられる |
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スパイク |
感染原因物質を大量に加えて実験を行なう際の添加のことをスパイクと呼ぶ |
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バイオアッセイ |
生物検定法、生物学的(毒性)試験などと呼ばれ、生物材料を用いて、生物学的応答から、生物作用量を評価する方法 |
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ID50 |
感染単位。 統計的に求められた発症に必要な最少の接種材料の量を感染単位が1であるとし、対象物の感染価の大小を評価する尺度として用いる |
【参考文献】
(1) World Health Organization : Report of a WHO Consultation on Medicinal and other Products in Relation to Human and Animal Transmissible Spongiform Encephalopathies, Annex 1 (1997)
(2) Gelatin Manufacturers of Europe : The BSE Safety of Pharmaceutical Gelatin from Bovine Raw Material, Status 28 (1994)
(3) Health & Consumer Protection Directorate - General, European Commission : The Safety of Gelatine (Updated by the Scientific Steering Committee, 20-21 Jan. 2000)
(4) Health & Consumer Protection Directorate - General, European Commission : The Safety with Regard to TSE Risks of Gelatine Derived from Ruminant Bones or Hide from Cattle, Sheep or Goats (Adopted by the Scientific Steering Committee, 28-29 Jun. 2001)
(5) GME : Summary report of the Gelatin Process Study Workshop, held in Brussels on December 5th, 2001 (A. H. Grobben)
(6) 連続講座人獣共通感染症(第133回), 山内一也, http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/5_byouki/prion.html
(7) 日本にかわゼラチン工業組合:ゼラチン製造工程 (1996.5.27)
(8) World Health Organization : Report of
a WHO Consultation on Public Health Issues
related to Human and Animal Transmissible
Spongiform Encephalopathies - WHO/EMC/DIS/97.147
(1996)
日 本 ゼ ラ チ ン 工 業 組 合